先日届いた判例時報2221号62頁に、産院における新生児取り違えを理由とする債務不履行責任について、権利の内容、性質に照らして客観的合理的に見て権利行使が期待できないときは時効の進行を否定すべき場合があり、その際には損害の特殊性を考慮すべきであるとして、時効の完成が認められなかった東京地裁平成25年11月26日判決が掲載されてしました。
何となく見覚えがあるなあと思ったら、半年以上前にブログで取り上げていた判決でした↓
http://morikoshisoshiro.seesaa.net/article/381786124.html
http://morikoshisoshiro.seesaa.net/article/381867909.html
当該判決そのものだけでなく、判例や学説を調べた上で、評釈を加えるので、それだけの日数が掛かるようです。
スキャナーで取り込んで、OCRかけただけですが、
「これを本件について見るに、本件取り違えは、甲野花子が原告太郎を分娩し、丁原一江が夏夫を分娩した昭和二八年三月三〇日又はその直後に発生したと認められるところ、その後、甲野夫婦及び原告太郎において、本件取り違えを理由とする損害賠償請求権を行使すること自体に法律上の障害があったということはできない。しかし、新生児の取り違えが生じた場合、当該新生児自身はもとより、その両親であっても、その場で取り違えの事実に気付くことはほとんど期待できず、血液型の背馳が明らかになってそれを契機にDNA鑑定を試みるなどの偶然の機会に事実が判明することはあっても、それまでに既に相当程度の年月が経過しているのが通常である上、そのような契機がないまま数十年にわたって見過ごされることも十分考えられる(本件が正にそのような場合である。)。
加えて、新生児の取り違えを理由とする損害賠償請求権は、当該取り違えが起きるのと同時に、その全損害額が確定されたものとして損害賠償請求権が発生すると解するのは適切でなく、真実の親子関係を引き離された年月の進行とともに、同一性を失わない単一の損害が日々拡大していくという特殊な性格を有していると考えられる。このような事情に鑑みると、本件取り違えの発生と同時に、損害賠償請求権の行使は観念的に可能となったとはいえ、客観的に見て、その行使を合理的に期待できないことは明らかであり、また、上記のような損害の特殊な性格に照らしても、本件取り違えの発生時を時効起算点と解することは適切でない。
本件の事実関係の下で、甲野夫婦が本件産院において真実の子でない新生児を引き渡されたという事実を関係者が客観的に認識し得たといえる時期は、原告松夫ら三名と夏夫との間に父又は母を共通とする生物学上の兄弟関係を否定するDNA鑑定(甲五)の結果が示された平成二一年一月一五日である。そして、当該取り違えの相手が原告太郎であるという事実を客観的に認識し得たといえるのは、原告松夫ら三名と原告太郎の生物学上の全同胞関係を肯定するDNA鑑定(甲八)の結果が示された平成二四年一月六日である。したがって、本件取り違えを理由とする債務不履行による損害賠償請求債権の消滅時効は、原告松夫ら三名については平成二一年一月一五日、原告太郎については平成二四年一月六日が起算点になると解するのが相当であり、本件では、いまだ消滅時効は完成していないというべきである。」
とのことです。
ちなみに、この判決は、双方共に控訴せずに、確定しているそうです。
合計3800万円という金額ですので、医師賠償責任保険での支払いになるのでしょうが、慰謝料は、ある意味裁判官のフリーハンドという面があるので、保険会社も、控訴を断念したということでしょうか。
そこまで読み切った上での判決だったとしたら、大したものですね。
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