以下は、時事ドットコム(2014/02/13)からの引用です。
「カナダ西部ビクトリアの病院でこのほど、妊娠中に脳死となったカナダ人女性、ロビン・ベンソンさん(32)が帝王切開によって無事、男児を出産した。
ロビンさんは出産後、予定通り、生命維持装置を取り外された。
AFP通信などが報じた。
夫のディランさん(32)は10日のブログで、「悲しいことに妻に別れを告げなければならなかった。しかし、生まれた息子は一番かわいい存在だ」と複雑な心境をつづった。
ロビンさんは妊娠6カ月だった昨年12月、脳内出血のため昏睡(こんすい)状態に陥り、脳死と判断された。
医師は出産を成功に導くため、生命維持装置によってできるだけ長く、ロビンさんの肉体的機能を保つことにした。
ディランさんは出産後にロビンさんから装置を外すことに同意していた。」
我が国でも、脳死は法的には死であるとされていますが、どちらかというと、臓器提供のための議論であり、脳死判定には、複雑なハードルをクリアーする必要があります。
http://www.jotnw.or.jp/jotnw/law_manual/pdf/noushi-hantei.pdf
ですので、少なくとも、我が国においては、本件のように臓器提供という事情がないのに、わざわざ脳死判定などすることはなく、出産後に死亡したと診断されることになるでしょうから、文字通りに、脳死の女性から出産ということにはならないのだとは思います。
実は、10年以上前のことですが、私の父は、脳死状態となってから、1か月以上の間、人工呼吸器等を取り付けられていました。
脳が完全に死んでも、心臓自体は、独立した電気信号で鼓動を続け、全身に血液を送り続けます。
自発呼吸はしませんが、人工呼吸器で換気してあげれば、血液と一緒に酸素を送り、二酸化炭素を排出することはできます。
消化吸収はしませんが、点滴で、直接、血管にある程度の栄養を送ることはできます。
このようにして、私の父は、長い間、脳死状態にありましたが、当然、日に日に無残な姿になって行きました。
見るに見かねた我々家族は、病院に対して、「人工呼吸器を外して欲しい」とお願いしましたが、「脳死判定は大変だから」と、断られました。
「それであれば、ブドウ糖の点滴や、血圧が下がる度に行うカンフル剤のようなものは止めて欲しい」とお願いしたところ、それは受け入れて貰えました(合法なのかどうかはわかりません)。
程なく、といっても、その日のうちにということではなかったと思いますが、、父の心臓は、ようやく、動くのを止めました。
生殖医療、臓器移植、果ては万能細胞と、医学の進歩はめざましいですから、「生」というものに対して、様々な法整備が必要だと思いますが、同時に、安楽死、尊厳死などの「死」に対する法整備も必要だと思います。
ちなみに、父の脳死の原因は、病院側の説明によると、入院中の誤嚥でした。
父も弁護士でしたので、亡くなった父が枕元に立って、「お前も弁護士なら、損害賠償の裁判起こせよ。」と言ってくるのであれば、やろうと思いましたが、そのようなことはありませんでした。
結核療養所など、若い時から、様々な医療機関にお世話になり、最後の病院のことも、「良い病院だ。良い先生だ。」と言っていましたので、最後に何があったのかは良くわかりませんが、きっと、父は、全体を通じて、自分が受けた医療というものに対して、感謝していたのだと思います。
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