以下は、毎日jp(2012年05月30日)からの引用です。
「交通事故で脳脊髄(せきずい)液減少症を発症したかが争われた訴訟で、東京高裁は30日、発症を否定した1審判決(11年3月)を支持、被害者の控訴を棄却した。
国の研究班により新たに作成された診断基準が、判断にどう反映されるかが注目されたが、下田文男裁判長は新基準に一切触れず「髄液漏出があったとは認められない」とした。
被害者側は上告する方針。
◇小3で事故の原告
東京都練馬区の高校2年、前原海斗君(16)と両親が、車を運転していた男性とあいおいニッセイ同和損保を相手取り、総額約2億1600万円の支払いを求めていた。
1審判決は、04年にできた国際頭痛学会の基準に当てはまらないことを理由に脳脊髄液減少症の発症を否定。
2審の審理中の昨年10月に研究班が画像で漏出を見つける新たな診断基準を公表。
班員である前原君の主治医が今年2月「新基準に合致する」との意見書を提出していたが、2審判決は新基準に一言も言及しなかった。
前原君は事故が原因で成長ホルモンの異常や高次脳機能障害とも診断されたが、判決は、いずれも事故との因果関係を否定した。
前原君は小学3年の時、自転車に乗っていて車にひかれた。
激しい頭痛や吐き気などが続き、事故の翌月に脳脊髄液減少症と診断され、小5と小6の時に1回ずつ治療を受けた。
現在は完治している。
加害者側は、事故から半年間で治療費の支払いを停止したため、訴訟となった。
◇「はっきりさせたかった」…原告
「僕の中で髄液が漏れたということを、はっきりさせたかった」。
判決内容を弁護士から説明され、前原海斗君は小さな声で言った。
東京高裁は3月に入って和解を提案してきた。
裁判官の言葉からは判決を変更することに消極的な姿勢が感じられたが、裁判官に「勝ちたいです」と伝え、判決を求めた。
両親も気持ちを尊重した。
事故後、体調不良で寝たきりとなり、小学4年から養護学校へ。
中学は地元に通ったが、通院で休みがちだった。
それだけに「家族に迷惑をかけ続けてきた」と強く感じている。
なかなか病気を分かってくれる医師に巡り合えず、友人や教師からも怠けていると思われた。
「人を信じられなくなった」。
その半面、「支えてくれた人も大勢いた」。
事故から8年、提訴から5年。
裁判所は思いに応えなかった。
「これからは普通に学校に通い、みんなと同じような生活を送りたい」。
失われた時間を取り戻そうと考えている。
◇解説…期待裏切る判断回避
日本で交通事故の被害者が脳脊髄(せきずい)液減少症と診断されるようになって約10年。
昨年10月に新しい診断基準ができ、補償問題の前進が期待されてきただけに、裁判所が判断をしなかったことは批判を免れない。
被害者の高校生には「頭を上げていると頭痛がする」という典型的な症状があったうえ、2回の手術で完治している。
新しい診断基準ができてから2審判決までに十分な時間があったにもかかわらず、判決からはこの点について検討を加えた形跡はうかがえない。
損保業界は「医学界の統一見解でない」と補償に応じず、裁判所もこれを追認してきた。
一連の訴訟で、損保側は当初、「髄液は漏れない」との整形外科医の意見を否定の論拠にしていた。
やがてそれが通用しなくなると、国際頭痛学会の診断基準(04年)に合致するかを争うようになった。
この基準も今では「厳しすぎ、多くの患者を見つけられない」と、学会内部から反省の声が上がっている。
車社会が始まってから数え切れない患者が見逃され、裁判でも敗訴してきた。
「国際頭痛学会の基準は科学的でない」と、日本で新基準が策定された経緯を考えれば、裁判所としての評価を示すべきだった。
◇脳脊髄液減少症の診断基準◇
国の研究班が昨年10月に公表した新基準は、「頭を上げていると頭痛がする」という患者を対象に、頭部と脊髄(せきずい)のMRI(磁気共鳴画像化装置)や、造影剤を使ったミエロCTと呼ばれる検査などの画像から、髄液が漏れているかを判定する。
この病気に関係する各学会が承認して日本の医学界の統一見解と認められた。
国際頭痛学会の基準(04年)は、症状を中心にみて、特定の治療で症状がなくなればこの病気だと診断する。
このため「不要な治療を助長する」と批判があった。」
国の研究班により新たに作成された診断基準は↓
http://www.id.yamagata-u.ac.jp/NeuroSurge/nosekizui/index.html
判決そのものを確認することができませんが、「髄液漏出があったとは認められない」とのことですから、事故との因果関係を否定したのではなく、脳脊髄液減少症の発症自体を否定したということになりますね。
結論の当否はともかく、日本の医学界の統一見解と認められた新たな診断基準に従い、研究班の班員である主治医が「新基準に合致する」との意見書を提出していたのに、これを否定する理由を一切示さないというのは、余りにひど過ぎると思います。
被害者側が納得せず、上告する方針というのも当然のことですし、判決には、当該事件の結論を出すというだけではなく、将来に向けて、一定の判断基準を示すという役割もある筈です。
厚生労働省・医学会が、一生懸命、新たな診断基準を作成したのですから、最高裁も、破棄自判あるいは破棄差戻しにより、きちんと裁判所における判断基準を明らかにする必要があると思います。
札幌弁護士会所属弁護士森越壮史郎法律事務所ホームページ